【東京ソムリエギルド 】SILVER OAK 1972 シルバーオーク、半世紀の設計図。

更新 2026年10月29日川西教平
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初めに

1972年、カリフォルニアのアレクサンダー・ヴァレー産カベルネ・ソーヴィニヨン1種類から始まったワイナリーがある。 シルバーオーク。ナパ・ヴァレーの名門と呼ばれるそのメゾンは、創業から半世紀で、カリフォルニアワインの立ち位置そのものを変えてきた。

今回、東京ソムリエギルドのMaster Classに、創業家ダンカン家のティム氏が登壇した。 ワイナリーの歴史から、アメリカンオークへのこだわり、自社樽工場、二つのカベルネの飲み比べ、ピノ・ノワール、そして最後の一本「Timeless」まで。9本のキュヴェをたどりながら、半世紀分の判断を一度に味わう、ぜいたくな講義だった。

この記事では、その内容をできるだけ詳しく記録したいと思う。

1972年、すべては一本のカベルネから

シルバーオークの歴史は、1972年に始まる。当時はまだ「Alexander Valley」というAVA(米国政府公認ブドウ栽培地域)が制定されておらず、最初の3ヴィンテージは「North Coast」という広域名称でリリースされた。

創業のきっかけは、ワインメーカーだったジャスティン・マイヤー氏の「カリフォルニアのカベルネをアメリカンオークで熟成させてつくる」という強い思いだった。このアイデアが、そのままワイナリーの根幹を成している。

1972年のロゴの下に掲げられた写真には、帽子をかぶったプレゼンターの父親と、その隣で笑うパートナー兼ワインメーカーのジャスティン・マイヤー氏が写っている。

1972年は天候不順でブドウにとっては不作の年だったが、後にカリフォルニアワインの「分水嶺」となる年でもあった。Stags Leap、Château Montelena、Burgessなど、後に有名になるワイナリーが、偶然にもこの年に設立されている。

初ヴィンテージはわずか1,100ケース。しかもすぐには販売せず、5年間の熟成を経た1977年に初めてリリースされた。これが現在まで続く「5年熟成プログラム」の始まりだ。

醸造施設を持たない10年間

創業当初の10年間、シルバーオークは自社の醸造施設を持っていなかった。ラザフォードにあったフランシスカン(現在はPrisonerワイナリー)の施設を間借りし、樽の保管場所は酪農場の納屋だったという。自社ワイナリーの建設に着工したのは1981年、初めてブドウを圧搾したのは1983年のことだった。

プレゼンターは非公式には50年以上ワイナリーに関わっているが、セールス担当として正式に働き始めたのは1986年で、以来40年以上勤務している。子供の頃は夏休みにワイン樽を洗う手伝いをしていたという思い出も語られた。半世紀という歳月が、この人自身の履歴と重なっている。

なぜ、カベルネだったのか

参加者からは、「1976年の『パリスの審判』以前、まだカリフォルニアワインが世界的に有名になる前に、なぜカベルネ・ソーヴィニヨンに特化したのか」という質問が投げかけられた。

プレゼンターは、「パリスの審判」が知名度を上げたことは認めつつも、ナパ・ヴァレーではそれ以前からカベルネは「ブドウの王様(King of grapes)」と見なされていたと答えた。

根拠として挙げられたのは、1966年創業のロバート・モンダヴィや、伝説的なワインメーカーであるアンドレ・チェリチェフなどが、禁酒法(1920〜30年代)以前からカベルネを栽培しており、禁酒法後もカベルネが最高のブドウであり続けたという歴史だ。

シルバーオークが最初に手掛けたナパ・ヴァレー産カベルネは1979年ヴィンテージ。それ以前の最初の6ヴィンテージは、すべてアレクサンダー・ヴァレー産だった。

当時、アレクサンダー・ヴァレーはまだほとんど未開発で、シーニーなど少数のワイナリーしか存在していなかった。そこでカベルネを造ることは「革命的(revolutionary)」な試みだったと述べられている。なお、アレクサンダー・ヴァレーというAVAが正式に認定されたのは1975年。それ以前の3年間は「North Coast」と表記していた。

6ドルの記憶──1970年代のナパとソノマ

初期ヴィンテージの価格は、当時のカリフォルニアワインの姿をよく物語っている。

  • 1972年ヴィンテージの希望小売価格は6USドル

  • 1973年ヴィンテージは9ドル

  • 1974年ヴィンテージは12ドルと、わずか2年で価格が倍に

しかし、プレゼンターがセールスとして働き始めた1986年当時、販売していた1981年ヴィンテージの価格は1瓶16ドルだった。最初の急激な値上がりの後は、価格上昇が緩やかになったことがうかがえる。

1970年代のナパ郡とソノマ郡は、現在のようにブドウ畑が広がる風景ではなかった。ラザフォードやセント・ヘレナ、サンタローザ周辺にブドウ畑が点在する程度で、ほとんどは果樹園や牧草地、オークの木々が広がる未開発の土地だったと振り返られた。

半世紀のマイルストーン

2000年代初頭からの主な出来事は、次のとおりだ。

  • 1999年 ナパ市郊外にある重要な畑「ソーダ・キャニオン・ランチ」を購入。ここではカベルネ・ソーヴィニヨンだけでなく、カベルネ・フラン、メルロー、プチ・ヴェルド、マルベックも栽培しており、これら後者の4品種はこの畑限定です。

  • 2000年 マイヤー家が保有していた半分の株式をプレゼンターの父親(ダンカン家)がすべて買い取り、ダンカン家がシルバーオークの100%オーナーとなった。

  • 2008年 ナパのオークヴィルに新しいワイナリーが完成。これは2年前に元のワイナリーが火事で焼失したため、建て替えられたものだ。

  • 2015年 ミズーリ州にある樽製造所を買収し、自社で樽を管理する体制を整えた。

  • 2017年 アレクサンダー・ヴァレーに新しいワイナリーを建設した。

  • 2022年 創立50周年を迎えた。

  • 2026年 ソーヴィニヨン・ブランを「Silver Oak」のラベルで発表した。

火事による建て替えを挟みながら、畑、醸造、樽、そして50年という節目まで。この並びを見るだけで、ワイナリーが何を優先して投資してきたのかが分かる。

二つのカベルネ、二つの個性

シルバーオークの主要なカベルネ・ソーヴィニヨンは2種類。その違いが、このワイナリーの設計思想をよく表している。

シルバーオーク・アレクサンダー・ヴァレー

  • ブドウ構成はほぼカベルネ・ソーヴィニヨン(97%)

  • 新樽比率50%のアメリカンオークで熟成

  • ナパ・ヴァレーの北に位置し、海に近く、気候や土壌がナパとはまったく異なる

  • カベルネのスタイルが柔らかいため、新樽比率を50%に抑えることで、樽の風味が強くなりすぎず、ブドウの良さを引き出している

シルバーオーク・ナパ・ヴァレー

  • ブレンド比率が毎年異なり、メルローやカベルネ・フランの比率が年によって変わる

  • 新樽比率は85〜95%と非常に高く、アメリカンオークで熟成

同じアメリカンオークを使いながら、新樽の比率を50%にするか90%近くにするか。畑の個性に合わせて樽の出方を変えるという、シンプルだが徹底した設計だ。

ボトルサイズは750mlが中心だが、マグナム(1.5L)や3Lサイズも日本市場で入手可能。今年からは375mlのハーフボトルも導入され、いずれ日本でも紹介される予定だという。

ブランドの再編──「Twomey」から「Silver Oak」へ

これまで20年以上にわたり「Twomey」というブランドで製造してきたソーヴィニヨン・ブランが、今年から「Silver Oak」ラベルに統一された。

「Twomey」という名前は、プレゼンターの祖母の旧姓(アイルランド系)であり、父親のミドルネームでもあった。しかし、家族にとっては意味があっても、消費者や業界関係者には覚えにくいという課題があった。

そこで、より認知度が高く強力なブランドである「Silver Oak」に統一することで、レストランでの販売促進や消費者の理解を助けることを目的としている。現在「Twomey」ブランドで造られているピノ・ノワールも、来年あたりに「Silver Oak」ブランドへ統一される予定だ。

スクリューキャップという選択

参加者からは、「赤ワインはコルクのイメージが強いシルバーオークが、なぜソーヴィニヨン・ブランにスクリューキャップを採用したのか」という質問があった。

主な理由は、レストランでの利便性だ。グラスで提供した後、キャップを閉めて翌日も提供できる。

このワインは長期熟成を目的としない「quick-turn wine」であり、翌春には市場に出るため、コルクは不要と判断された。道具が不要で開けやすく、冷蔵庫での保管も容易でクリーンであるという利点も挙げられている。

味わいへの影響よりも、扱いやすさを重視した選択。その割り切りが、むしろ潔く響く。50年アメリカンオークにこだわってきたメゾンが、別の場所ではあっさりと割り切る。この振り幅も、シルバーオークらしさなのだと思う。

ソーヴィニヨン・ブランを味わう

今回テイスティングしたのは、2025年ヴィンテージのシルバーオーク・ソーヴィニヨン・ブランだ。

  • ブレンドはソノマ・カウンティ産57%、ナパ・ヴァレー産43%。比率は年によって変動する

  • 畑は4つ(自社畑3、長期契約畑1)のブドウを使用

  • 醸造はワインメーカーのライアン氏が担当。Twomeyのスタイルを踏襲しつつ、パンチョン(大きめの樽)の使用や澱との接触時間を長くするなどの微調整を加え、Silver Oakブランドにふさわしい個性を追求している

  • 複雑性を加えるため、1%だけニュートラルなアメリカンオークの樽を使用している

参加者からは、次のような声が上がった。

  • 坂田さん 香りのフルーツの強さが印象的。ブドウの熟度とテクスチャーの丸みが合わさり、非常に柔らかく飲みやすい。酸が長く伸び、飲み心地が良いと高く評価した

  • けいこさん 口当たりが非常に柔らかく、エントリーが優しい。酸は硬すぎずボディに寄り添うようで、料理にも合わせやすい。パワフルな従来の米ソーヴィニヨン・ブランとは異なり、優しくアプローチしやすい味わいだと語った

海外からの参加者からは、寿司や牡蠣、和食とのペアリングが提案された。1%のニュートラルオークが、果実の前に出ずに輪郭だけを整えている。そういう繊細な仕事が、この柔らかさにつながっているのだろう。

ピノ・ノワールを飲み比べる──ロシアン・リバー対アンダーソン・ヴァレー

ソノマカウンティのロシアン・リバー産と、メンドシーノカウンティのアンダーソン・ヴァレー産、2種類のピノ・ノワールを比較試飲した。醸造方法はほぼ同じであるため、感じられる違いは主にテロワール(産地の個性)に由来する。

ロシアン・リバー産

  • よりストラクチャーがしっかりしており、コンパクト

  • ダークフルーツのフレーバーがあり、より複雑で「ムーディー」な印象

アンダーソン・ヴァレー産

  • よりストロベリーのような香りがし、スタイルも色も少し軽い

  • ブルーベリーのニュアンスも感じられる「可愛らしい」ワイン

  • フィニッシュに塩気(saline)を感じるのが魅力

参加者からは、フルーティーなロシアン・リバーは甘いタレの焼き鳥と合う、うまみのあるアンダーソン・ヴァレーはキノコ類や胡椒の効いた料理と合う、といったペアリング提案があった。プレゼンターからは、ラーメンとの相性も素晴らしいのではないかという声も。シャンパーニュの章でも食事の話が出たが、この日の講義は一貫して「食卓のワイン」だった。

樽と気候

  • 樽熟成 両ワインとも100%フレンチオークで熟成。新樽、1年使用樽、2年使用樽がそれぞれ3分の1ずつというブルゴーニュスタイルを採用している。この方法は、将来的にパッケージがSilver Oakに変わっても変更されない予定だ

  • スタイルの方針 他のカリフォルニア生産者がアルコール度数が高く、色が濃く、抽出の強いスタイルを目指す傾向にあるのに対し、シルバーオークはよりライトなスタイルを維持。今すぐ飲んでも美味しく、熟成にも耐え、特に日本料理やアジア料理との相性が良いワイン造りを目指している

  • 気候の影響 ナパ・ヴァレー東側の暑く乾燥した気候(年間降雨量14〜20インチ)に対し、太平洋に近いアンダーソン・ヴァレーやロシアン・リバーは涼しく霧が多い(年間降雨量35〜40インチ)。この涼しい気候が、明るい酸味を持つクリスプなスタイルのピノ・ノワールを生み出す

AVAをめぐる議論

参加者からは、「なぜより涼しいイメージのある『ソノマ・コースト』という名称を使わないのか」という質問があった。

プレゼンターは、「ソノマ・コースト」と「ロシアン・リバー・ヴァレー」はマーケティング用語ではなく、地理的に異なるAVAであると明確に回答した。

ソノマ・コーストは文字通りより海岸に近く、ロシアン・リバーは川の隣でより内陸に位置する。ソノマ・コーストAVAは非常に広大な地域区分であるため産地の特定が難しく、対照的にロシアン・リバーAVAはより限定的で具体的な場所を指す。シルバーオークはその特定性を重視し、ロシアン・リバーというAVAにこだわっている。

サステナビリティと品質管理

シルバーオークの環境配慮へのコミットメントも、講義の重要なテーマだった。

  • LEEDプラチナ認証 新設されたアレクサンダー・ヴァレーとオークヴィルの2つのワイナリーは、環境性能評価システム「LEED」において最高評価であるプラチナ認証を取得している

  • コルク検査 厳格な品質管理を実施している

  • 水の再利用 ワイナリー内で使用した水を浄化し、再利用するシステムを導入している

  • 太陽光発電 ワイナリーの電力を太陽光発電でまかなっている

これらの取り組みがワインの品質に直接どう影響するかは断定できないものの、環境や事業の長期的な継続性にとって非常に意義深いことだと考えられている。

自社畑の哲学と、契約農家との関係

  • 自社畑の哲学 シルバーオークは、カベルネの75%を19の自社畑のブドウから造っている。植え付け、剪定、水やり、収穫に至るまで、ブドウ栽培の全工程を自社で完全にコントロールできることが、ワイン造りにおいて極めて重要だと考えている

  • 契約農家との関係 契約農家からブドウを購入する場合でも、栽培の初期段階から深く関与している。シルバーオークの基準を満たしたブドウは、市場価格より20%高いプレミアム価格で買い取っている

コルクは「dry soak method」という独自の検査方法で見ている。大容量ボトル(3、6、12、18リットル)のコルクを瓶に入れて密閉し、数日後に不快な匂いがないかを確認する方法だ。これにより、完全なブショネでなくともワインの風味を損なうわずかな品質劣化を防ぎ、ほぼ100%良質なコルクの使用を目指している。

地味な工程だが、20年寝かせたワインの最後の数ミリを守るのは、この検査だ。長期熟成を売りにするワイナリーが、そこを抜かないのが印象的だった。

主要な自社畑と「カーマライト畑」の逸話

  • Canyon畑 1999年に購入

  • State Lane Ranch畑 約3年前に取得

  • Jump Rock畑 約15年前に取得

そして、約2エーカーの小さな畑「Carmelite(カーマライト)畑」。ハーラン・エステートなどに隣接するオークヴィルの一等地にある。元々はカーマライト修道会の所有地だったが、修道院が屋根の修繕費用に困っていたところ、シルバーオークが修繕を支援する見返りとして、これまでブドウが植えられたことのなかったその土地を借り受け、畑として開墾させてもらったというユニークな歴史を持っている。

2エーカーという面積は、このワイナリーの規模からすればごく小さい。それでも語られるのは、そこが「一等地」だからだけではない。土地との関係の作り方が、このメゾンの性格そのものだからだろう。

熟成という時間──2012年ヴィンテージを味わう

シルバーオークの際立った特徴である「熟成能力」について、2012年ヴィンテージのアレクサンダー・ヴァレーを試飲しながら解説された。

「カベルネの飲み頃はいつか」という質問に対し、プレゼンターは「ヴィンテージから10年後」が覚えやすい目安だと答えている。

試飲した2012年は10年以上熟成が進んでおり、若いワインと比較して香りのバランスが非常に良い状態。味わいは豊かでクリーンであり、長期熟成を経たシルバーオークの進化がよく分かる。

テイスティングでは、ブラックリコリスやアニスのような香りが感じられ、これはアメリカンオークの影響であると指摘された。フィニッシュは非常にスムーズで、飲みやすさが強調された。

ワインメーカーのローラさんが監督するチームは、樽で2年間、さらに瓶で2年間という、他のワイナリーの約2倍の時間をかけて熟成させてから出荷している。買ってすぐ飲めるワインでありながら、10年後により良くなるように造られている。この二重性が、シルバーオークの商売の形だ。

アメリカンオークという哲学と、自社樽工場「The Oaks」

サステナビリティ、カベルネへの集中と並び、アメリカンオークの使用がシルバーオークの根幹をなす要素だ。

自社樽工場「The Oaks」は、ミズーリ州の人口約200人の小さな町、ヒグビーにある。従業員は10人だが、その町では最大の雇用主だ。

立地の理由は、工場から半径200マイル以内にアメリカンホワイトオークの原生林が広がっているため。木材を自ら購入し、自社の敷地でシーズニング(自然乾燥)させ、理想通りの樽を自社で一から製造している。これにより、シルバーオーク独自のアメリカンスタイルを完全にコントロールしている。

ここで1日に造られる樽は25樽。年間にすれば1万樽近い計算になるが、そのすべてが同じ森の、同じ基準の木材から生まれている。

24ヶ月という発見

  • オーク材の調達 栽培されたものではなく、湿地帯や原生林に自生する樹齢約120年の大きなアメリカンホワイトオークの木を、土地の所有者から買い付けている

  • シーズニングプロセス 製材された樽板(stave)は、屋外でクロスハッチ状に積み重ねられ、ミズーリの雨、雪、風、太陽に約2年間さらされる。これにより、木材から不要な成分が浸出し、オークの厳しいタンニンが取り除かれ、洗練された樽材になる

  • 最適なシーズニング期間の発見 22ヶ月から26ヶ月まで期間を変えて実験を行った結果、24ヶ月が最適な「スイートスポット」であることが科学的に判明した。興味深いことに、この期間は創業者ジャスティンが長年の直感で最適だと感じていた期間とほぼ一致していた

  • Oak Academy 樽作りの知恵を共有するため、「Oak Academy」というプログラムを昨年開発。将来的にはオークに特化したマスタークラスの開催も検討している

なぜ、フレンチオークではなかったのか

参加者からは、創業当初から「フレンチオーク絶対主義」の風潮に逆らって、なぜアメリカンオークにこだわったのかという質問があった。

理由のひとつは、アンドレ・チェリチェフの影響だ。BV(ボーリュー・ヴィンヤード)の伝説的ワインメーカーであるチェリチェフが、ジョルジュ・ド・ラトゥール・カベルネにアメリカンオークを使い、その有効性を信じていた。

もうひとつは価格だ。創業者ジャスティン・マイヤーは当時資金がなく、アメリカンオークは非常に安価だった。また、単なるフレンチオークのカベルネとは違うものを作りたいという思いもあった。

ここでひとつの「秘密」も明かされた。1972年の最初のヴィンテージは、実はアメリカンオークだけでなく、少量のハンガリアンオークやフレンチオークも使った実験的なものだったのだ。しかし、ジャスティンはすぐにアメリカンオークの風味を好み、それがワイナリーの方向性を決定づけた。

逆説的だが、最初から確信があったわけではない。試して、選んで、そして50年かけて磨いた。その順序を隠さずに語る姿に、このワイナリーの誠実さを感じた。

カベルネを飲み比べる──ブレンドという仕事

2020年アレクサンダー・ヴァレー、2012年アレクサンダー・ヴァレー、そして2020年ナパ・ヴァレーの3種を比較試飲した。

  • 2012年アレクサンダー・ヴァレー カベルネ90%、メルロー10%

  • 2020年アレクサンダー・ヴァレー カベルネ・ソーヴィニヨン95.2%に、マルベック(0.6%)やカベルネ・フランなどを「スパイスのように」少量加えている

  • ナパ・ヴァレー カベルネ・ソーヴィニヨン81%。買収したソーダ・キャニオン・ランチに多様な品種が植えられていたことが影響しており、メルローが主体的に使われている

0.6%のようなごく少量の違いでも、樽に入れる前の若いワインの段階では驚くほど明確に感じられ、最終ブレンドの決定に大きな影響を与えると説明された。

生産量は、ナパ・ヴァレーが約40,000ケース、アレクサンダー・ヴァレーが100,000ケース以上。なお、シルバーオークは熟成前にブレンドを行う方式を採用している。

酸とテクスチャーについての質疑

参加者の本田さんは、2本のカベルネを次のように評価した。

  • アレクサンダー・ヴァレー 酸が非常にきれいで、タンニンも緻密。2012年のような熟成感が出てくると香りが豊かになる

  • ナパ・ヴァレー まだパワフルで閉じているが、より集中力があり、隙がない「詰まった感じ」が特徴。テクスチャーは滑らかだがストラクチャーが強い

そのうえで、「シルバーオークに共通する素晴らしいテクスチャーと、しっかりした酸味の両立の秘訣は何か」という質問があった。

プレゼンターの回答は非常に率直だった。収穫タイミングは主にフレーバーの特性を決めるもので、酸度はセラーでの醸造過程で調整可能である。もし酸が足りない場合は、クエン酸(citric acid)を添加することがある、というものだ。

この率直さは、この日の講義を通じて一貫していた。秘密にせず、格好もつけず、やっていることをそのまま話す。それができるのは、50年の実績があるからだろう。

最後のワイン「Timeless」

最後に紹介されたのは「Timeless(タイムレス)」。プレゼンターのティム氏が、父へのトリビュートとして造ったワインだ。

  • コンセプト 「もしシルバーオークをフレンチオークで熟成させたらどうなるか」という問いへの答え。樽の違いがワインの表現を大きく変えることを示す1本だ

  • ブドウ 5つのボルドー品種がすべて栽培されているソーダ・キャニオン・ランチの自社畑(エステート)のブドウを100%使用

  • 熟成 100%フレンチオーク。これはアメリカンオークで熟成されるシルバーオークとの最大の違いだ

  • ラベル ソーダ・キャニオン・ランチの風景を描いたもの。プレゼンターの娘がその場所で結婚式を挙げたというエピソードも披露された

畑の設計思想と、この夜の結論

ソーダ・キャニオン・ランチの畑は、どの場所にどの品種を植えるのが最適かを考えて設計されている。たとえば、日陰になりやすい場所にはメルローが、日当たりの良い場所にはカベルネが植えられている。

創業者の一人であるジャスティン・マイヤーの家は丘の頂上にあり、彼はポーチからワインを片手に、自分の畑を見下ろすことができたという。

そして最後に、アメリカンオークで造られたシルバーオーク(ナパ)、アレクサンダー・ヴァレー、そしてフレンチオークで造られたTimelessの3本がセットになった商品が紹介され、飲み比べることが推奨されて講義は締めくくられた。

同じ畑、同じ手、違うのは樽だけ。その3本を並べることで、このワイナリーが50年かけて何を選んできたのかが、一度に分かる仕掛けになっている。

今回のシルバーオークを数字で振り返る

  • 創業 1972年

  • 初ヴィンテージ生産量 1,100ケース(1972年)

  • 初ヴィンテージリリース 1977年(5年熟成後)

  • 標準熟成期間 5年間

  • 初ヴィンテージ価格 6USドル(1972年ヴィンテージ)

  • 1974年ヴィンテージ価格 12USドル(2年で倍増)

  • 1981年ヴィンテージ価格 16USドル(1986年時点)

  • アレクサンダー・ヴァレーAVA認定 1975年

  • ソーダ・キャニオン・ランチ購入 1999年

  • ダンカン家による完全所有 2000年

  • オークヴィル新ワイナリー完成 2008年

  • 自社樽工場買収 2015年

  • アレクサンダー・ヴァレー新ワイナリー完成 2017年

  • 創立50周年 2022年

  • アレクサンダー・ヴァレー カベルネのブドウ構成 カベルネ・ソーヴィニヨン97%

  • アレクサンダー・ヴァレー カベルネの新樽比率 50%

  • ナパ・ヴァレー カベルネの新樽比率 85〜95%

  • 「Twomey」ブランドの継続 20年以上

  • ソーヴィニヨン・ブランのブレンド ソノマ産57%、ナパ産43%

  • ソーヴィニヨン・ブランの畑数 4畑(自社3、契約1)

  • ソーヴィニヨン・ブランのアメリカンオーク比率 1%(ニュートラル樽)

  • Twomeyブランド開始 1999年(メルロから)

  • Twomey最初のピノ・ノワール 2004年

  • ピノ・ノワールの樽構成 新樽、1年使用樽、2年使用樽がそれぞれ3分の1ずつ

  • 年間降雨量(ナパ・ヴァレー) 14〜20インチ

  • 年間降雨量(沿岸部) 35〜40インチ

  • ロシアン・リバー ピノ・ノワール新樽比率 29%

  • アンダーソン・ヴァレー ピノ・ノワール新樽比率 32%

  • ピノ・ノワールのブランド移行 2025年ヴィンテージ

  • カベルネの自社畑ブドウ使用比率 75%

  • 所有自社畑数 19カ所

  • 契約農家へのプレミアム支払い 市場価格比20%増

  • カーマライト畑の面積 約2エーカー

  • カベルネの飲み頃推奨 ヴィンテージから10年後

  • 樽熟成期間 2年

  • 瓶熟成期間 2年

  • 樽材オークの樹齢 約120年

  • 樽板の最適シーズニング期間 24ヶ月

  • 樽の1日あたり生産数 25樽

  • 2012年アレクサンダー・ヴァレーのカベルネ比率 90%

  • 2020年アレクサンダー・ヴァレーのカベルネ比率 95.2%

  • ナパ・ヴァレー カベルネのブドウ構成 カベルネ・ソーヴィニヨン81%

  • ナパ・ヴァレー カベルネ生産量 約40,000ケース

  • アレクサンダー・ヴァレー カベルネ生産量 100,000ケース超

  • Timelessの熟成樽 100%フレンチオーク

おわりに

「カリフォルニアのカベルネをアメリカンオークで」。1972年にひとりのワインメーカーが口にしたその一言が、50年をかけて、サステナビリティ、自社畑、自社樽工場、そして長期熟成プログラムへと体系化されていく。その過程が、一本のワインの味わいとして語られた講義だった。

とりわけ印象的だったのは、シーズニング期間「24ヶ月」という数字が、創業者の直感と科学的検証の両方から同じ結論に至ったという話だ。半世紀かけて磨かれた答えが、最初から創業者の手の中にあった。そして、その答えを疑わずに磨き続けられる組織が、いまも家族経営で残っている。

ワインの味は、判断の積み重ねでできている。そう思わせてくれる一夜だった。

こんな学びの場をつくってくださる東京ソムリエギルドには、今回も驚かされた。普段は元気な私も、ここに来る日はコソッと背筋を伸ばして、ただただ学ばせていただいている。

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