【東京ソムリエギルド】Lanson Master Seminar

東京ソムリエギルドのセミナーで見えた、メゾンの設計図
こんにちは、ブラインド川西です。
1760年創業。シャンパーニュで三番目に古いとされるメゾン、ランソン。
名前は知っていても、
「酸がしっかりしたシャンパーニュ」
という印象で止まっている方は、意外と少なくないのではないでしょうか。
今回、東京ソムリエギルドが企画したランソンのセミナーに参加してきました。
メゾンの歴史から、ノン・マロラクティック醸造、レゼルヴワインの考え方、ブラインドでの比較試飲、ロゼとハーフボトル、そしてプレステージ・キュヴェ 「ノーブル」 の 2005年 と 2012年 の飲み比べまで。
一本のシャンパーニュの裏側にある設計図を、ソムリエの視点から多角的にひもといていく、かなり濃密な時間でした。
今回は、その内容をできるだけ詳しく記録しておきたいと思います。
―260年、七代続く家族経営のメゾン―

ランソンの創業は1760年。
シャンパーニュのメゾンの中で三番目に古いと説明されました。
比較として、
1729年創業の最古のメゾン、
1743年創業のメゾンが挙げられていました。
260年以上の歴史を持ち、さらに七代にわたって家族経営が続いている。
この話を聞いて印象的だったのは、単に「古い」ということではなく、今も家族経営であることがしっかり強調されていた点です。
長く続いているメゾンは数あれど、
それを今も同じ軸でつないでいるというのは、やはり強い。
ランソンの継続性は、歴史年表だけではなく、その経営のあり方にも表れているのだと感じました。
ロゼの先駆者として
ロゼ・シャンパーニュについては、1830年にロゼを生産した先駆的なメゾンの一つだという説明がありました。
当時ロゼを造ったメゾンは複数存在したそうですが、ランソンもその一つ。
そしてこのロゼは、今に至るまでメゾンを特徴づける重要なカテゴリーであり、現在もロゼで強い存在感を持つメゾンとして語られていました。
王室とウィンブルドン
さらに1900年には、イギリスのヴィクトリア女王から、シャンパーニュメゾンとして初めて王室御用達の紋章を授与されたとのこと。
しかも授与後、約124年にわたってその紋章を維持しており、シャンパーニュの歴史の中でも最長記録だそうです。
スペイン、スウェーデン、モナコの王室からも御用達の称号を受けているとのことでした。
スポーツの分野では、1977年にウィンブルドンの公式パートナーに。
この協業は長く続いており、翌年に50周年を迎える予定だと話されていました。
ここまで聞くだけでも、ランソンは単なる「大手メゾン」ではなく、
歴史・格式・継続性をしっかり持った存在だということが伝わってきます。
―ランソンのスタイルを支える三つの柱―

2013年、醸造責任者としてエルベ・ダンタン氏が加わり、醸造方法の見直しと品質改革が進められました。
説明者の方は、
「近年ランソンの品質がかなり良くなったと感じられる背景には、この醸造面の変化があるのではないか」
という見方をされていました。
そしてその上で示されたのが、ランソンのスタイルを支える三つの柱です。
第一の柱 クリュの多様性と調達力

スタンダード・キュヴェには、約100クリュ以上の供給源があり、
そのうち50%以上がグラン・クリュとプルミエ・クリュ。
供給元の畑は合計430ヘクタールで、そのうち60ヘクタールをメゾンが所有しています。
シャンパーニュ地方には300以上のクリュがあり、
そのうちプルミエ・クリュが42、グラン・クリュが17。
こうした格付けクリュを含む多様な供給元にアクセスできることが、
ブレンドの選択肢と品質の安定を支えているわけです。
さらに印象に残ったのは、栽培農家との関係性。
中には四代目、五代目にわたって取引が続く農家もあるそうで、
優れたクリュや良質なブドウを確保するうえで、この長期的な信頼関係が大きな土台になっているとのことでした。
第二の柱 マロラクティック発酵を抑え、酸を保つ

ランソンを語るうえで、やはり外せないのがこのノン・マロの考え方です。
ノン・ヴィンテージでは、ワインの75%でマロラクティック発酵を行わない
(実施は最大25%まで)ヴィンテージでは、マロラクティック発酵を行わない
発酵を抑えて酸を維持することで、
フレッシュさを保ったまま長期熟成が可能になる。
熟成によって深みを与えながらも、
果実の純粋さや酸の骨格を残す。
これが、ランソンらしさの大きな核なのだと改めて理解できました。
第三の柱 豊富なレゼルヴワイン

古いものでは、20年以上前に造られたレゼルヴワインも存在し、
ノン・ヴィンテージのブレンドや長期熟成に活用されているそうです。
必要な品質や味わいに応じて最適なワインを選べるよう、
在庫を計画的に保っているという話も印象的でした。
ここまで来ると、レゼルヴワインは単なる補助要素ではなく、
味わいの設計そのものに近い存在です。
―クリュごとに分けて造る、という手間―
ブドウは、品種・産地・クリュ・区画ごとに分けて扱い、圧搾後も個別に管理されます。
クリュごとに分けて醸造することで、
ブレンドの精度が上がり、各区画の個性を選んで組み合わせることができる。
言葉にするとシンプルですが、実際にはかなり手間のかかる仕事です。
圧搾所はシャンパーニュの主要地域に4か所。
畑に近い場所で圧搾することで、収穫したブドウを新鮮なうちに処理できる体制が整えられています。
樽とステンレス、それぞれの役割
2013年頃の醸造所改革では、マロラクティック発酵を抑える方針に加えて、
レゼルヴワインに複雑さや厚みを与えるための設備も導入されたそうです。
木樽は、シャンパーニュとコニャック由来の木材を使ったもの。
その目的は、バニラ香をつけることではない。
あくまで微酸化を促し、ワインをゆっくり熟成させ、わずかな厚みを与えるためです。
この考え方、かなり好きでした。
樽=香りづけ、ではなく、質感と時間のための樽なんですよね。
同時期にはステンレスタンクも導入され、
区画単位でワインを分けて管理できる体制が整いました。
プルミエ・クリュ42、グラン・クリュ17をそれぞれ個別に扱えるようになり、
タンクには区画名が表示されているとのこと。
一つひとつのクリュを追跡できることが、ブレンドの精度を支えているわけです。
―ブラック・クリエーションの「番号」が語るもの―

ランソンを代表する基本のキュヴェが、ブラック・クリエーションです。
ラベルに記された数字は、創業の1760年から数えたブレンドの回数を示しており、
たとえば「258」であれば、メゾンにおける258回目のブレンドということになります。
ブラック・クリエーション258の構成
ベースワイン:2018年が68%
レゼルヴワイン:32%
そしてこのレゼルヴワインも、一括りではありません。
収穫年別のワイン:約16%(2008年、2009年、2017年など)
ステンレスタンクで保管するパーペチュアルワイン:12%
オーク樽で保管するパーペチュアルワイン:4%
この数字を見るだけでも、
ブラック・クリエーションが「定番だから単純」というワインではないことが分かります。
レゼルヴワインの比率は年によって変わり、
258では約32%ですが、年によっては約40%、場合によっては50%近くまで増やすこともあるそうです。
つまり、毎年同じように見えて、
実はかなり繊細に調整されている。
この番号表記は、ベースヴィンテージなどの情報を伝え、
消費者やソムリエがワインを理解する手がかりになります。
ベースヴィンテージを伝えるという点では、クリュッグとの共通性を感じる、という指摘もありました。
ロゼの状態で保管する、独自のレゼルヴ
ロゼでは、ロゼとしてブレンドした状態のレゼルヴワインを保管し、
後のブレンドに再利用するそうです。
ロゼのままリザーブを持つ方法は、
他のシャンパーニュの造り手ではほとんど見られない独自の手法とのこと。
ロゼのレゼルヴワインは、
味わいに奥行きと複雑さを与えるだけでなく、
色調や味わいの一貫性を保つ役割も持っています。
ただ、ロゼとしてブレンドしたワインを体系的に保管し続けるのは容易ではない。
だからこそ、これはかなり興味深い設計だと感じました。
―気候変動と、熟成へのこだわり―

レゼルヴワインは「財産」になる
地球温暖化による高温や収量不足への備えとして、
レゼルヴワインの重要性はますます高まっているという話がありました。
暑さで葉が焼け、畑に残るブドウが少なくなった年もある。
一方で、2021年や2024年のように、収穫がほとんどなかった年もあるそうです。
こういう年に、量と品質の両方を保つには、
過去のワインを蓄え、必要に応じて組み合わせることが欠かせない。
レゼルヴワインは、量の補填だけでなく、複雑さと品質の一貫性を保つためにも使われています。
法定を大きく超える熟成期間
シャンパーニュの法定熟成期間は、
ノン・ヴィンテージ:15か月
ヴィンテージ:3年
これに対してランソンは、
ブラック・クリエーション、ロゼ、セック:最低4年
ゴールデン系、グラン・ブラン:最低5年
ヴィンテージ:9〜12年以上
今回試飲したブラック・クリエーション258は、
出荷までに6〜7年熟成しているとのことでした。
そして後ほど試飲したノーブル2005は、
なんと約20年もの熟成を経ています。
ドザージュは12g/Lから8g/Lへ
ブラック・クリエーションのドザージュは、
約25年前、説明者の方が入社した頃の12g/Lから、現在は8g/Lへ。
温暖化でブドウの成熟が進んだこと、
そしてもともと酸を保つランソンの造りがあるからこそ、
ドザージュを抑えられる背景があると語られていました。
酸だけでは鋭くなりすぎないのか
質疑では、
「ノン・マロの酸が、若いワインをタイトでシャープにしすぎないか」
という質問が出ました。
その回答はとても明快でした。
酸だけでは確かに鋭くなりうる。
だからこそ、ブラック・クリエーション258では約32%のレゼルヴワインを用い、
年によっては約40%、時には50%近くまで増やして、厚みと複雑さを重ねている。
マロを抑えて得る酸の骨格
果実の純粋さとフレッシュさ
レゼルヴワインがもたらす奥行き
この三つを組み合わせて、バランスを取る。
これが、ランソンの味わいなのだと腑に落ちました。
―ブラインドで3本を比べる―

約30分の紹介の後、参加者は3種類のシャンパーニュをブラインドで比較しました。
進行役の方が最初に言っていたのは、
「銘柄を当てることが目的ではない」ということ。
あくまで、ワインの特徴を比べながら、
ランソンのスタイルを体験的に捉えることが目的でした。
まず全体の印象として
1番:酸が際立ち、骨太な骨格とフレッシュさ
2番:熟成感と複雑さがあり、1番より丸みと膨らみ
3番:重心が低く、香ばしさと厚みのある重厚なスタイル
一見すると、
1番が最もフレッシュ、3番が最も重く、2番がその中間。
そんな整理ができそうでした。
ところがここで、
「香りと味わいを分けて考えると印象が変わる」
という指摘が入ります。
香りと味わいを分けてみると
1番は、香りに酸化的で落ち着いた要素があり、
アップルパイやタルトタタンを思わせる香ばしさ。
ところが口に含むと、酸とフレッシュさが前面に出て、リッチさも感じられる。
香りだけなら重く感じても、味わいでは鮮明さが際立つタイプ。
2番は、還元的な要素と落ち着きがあり、よりピュアな印象。
フローラルさ、スパイシーさ、ミネラリティが共存し、
味わいは1番より軽快で、酸がすっと伸びていく。
3番は、香りにスパイシーさと層の厚みがあり、
リッチさとフレッシュさの両面を持つ。
口中には柔らかなムースのようなクリーミーさがあり、
香りの重厚さと、口の中でのフレッシュさが違う印象をつくっていました。
答え合わせ
1番:ゴッセ グラン・レゼルヴ ブリュット
2番:ランソン ブラック・クリエーション258
3番:ボランジェ スペシャル・キュヴェ
ランソンは2番でした。
会場では、1番をランソンだと思った方が比較的多く、
2番を選んだ人は2〜3人ほどだったそうです。
つまり多くの人が、
「最もフレッシュで酸が立つもの=ランソン」
という先入観で選んでいたことになります。
実は1番のゴッセも、ランソンと同じくマロラクティック発酵を行わない造り手。
そして3番のボランジェ スペシャル・キュヴェは、
ピノ・ノワール60%、シャルドネ25%、ムニエ15%のピノ・ノワール主体。
グラン・クリュとプルミエ・クリュのブドウを85%以上使用し、
一番搾りのみを使い、
マグナムボトルで7〜15年熟成させたリザーヴワインを惜しみなく使い、
法定の2倍以上の時間をかけて熟成。
ドザージュは7〜8g/L。
つまり、
同じノン・マロのゴッセと、
豊かなボディを持つピノ・ノワール主体のボランジェの間に置かれたランソンは、
酸の骨格を持ちながらも、バランスが良く、むしろ丸みも感じる一本として姿を現したわけです。
これはかなり面白かったです。
「ランソン=酸が強い」で探すと、かえって外してしまう。
このブラインドは、そのこと自体を体験させる仕掛けだったのだと思います。
「酸が強い」から「調整され、進化している」へ
かつてのランソンには、
「マロをしないため酸が強い、力強い、フレッシュ」
というイメージが強かったそうです。
ただ近年は、味わいがかなり細かく調整され、
柔らかさも加わってきたという見方が示されました。
過去約10年の海外の記事や論評を調べた説明では、
マロラクティック発酵の一部を許容し始めたこと
ブラックラベルの「ブリュット」表記から番号表記への移行
味わいの一貫性と変化
こうした点が話題になっていたそうです。
明るい味わいを保ちながら、以前より柔らかさを得た。
個性を失ったのではなく、調整され、進化している。
この表現が、とても的確だと感じました。
―なぜ、ランソンはガストロノミーに合うのか―
レストランでの採用
海外では、フレンチ・ランドリーなどの名店でランソンが採用されている例が紹介され、
レストランの現場で再評価されているのではないか、という見方が示されました。
日本での採用例は、株式会社モトックスに所属し、東京ソムリエギルドのメンバーでもある井黒さんが紹介してくださいました。
三つ星フレンチ ロオジエ
三つ星和食 神楽坂 石かわ
高級寝台列車 ななつ星
福岡のイノベーティブレストラン ゴー
さらに、井黒さんがワインディレクターを務めるシェイクアルバート、
来年から山田拓真さんがソムリエを務めるワインダイニングでも採用されているそうです。
全国の百貨店を中心に、良い顧客層を持つ店舗での取扱いもあるとのことでした。
「お腹の空くシャンパーニュ」
この言葉、かなり印象に残りました。
ランソンが食事に向く理由として挙げられたのは、
熟成期間の長さ
柔らかくふくよかな泡
ノン・マロに由来する充実した酸
酸は食欲を促す。
一方で、泡が強すぎると、食事の前に満腹感が出てしまうことがある。
ランソンは酸を保ちながら泡が柔らかいため、
食事の始まりに楽しみやすい。
だからこそ、「お腹の空くシャンパーニュ」 なのだと。
これはすごく腑に落ちました。
なるほど、ただの食中酒ではなく、食事へ向かわせる力があるわけです。
ランソンの立ち位置
クリュへの幅広いアクセスは、
ドン・ペリニヨンが17のグラン・クリュにアクセスする例と比較して語られました。
また、2018年ベースのランソンとクリュッグ174を比べると、
似たキャラクターが感じられるという参加者の所感も出ていました。
特定のベースヴィンテージだけで評価するのではなく、
複数のメゾンやヴィンテージを比較することで、
ランソンの立ち位置がより明確になる。
ランソンを単なる大手メゾンではなく、
テロワールや気候、ヴィンテージを重視する造り手として見る視点が共有されていたのも印象的でした。
―ロゼとハーフボトル、それぞれの物語―
熟成したようなロゼ
ロゼとロゼのハーフボトルを比較する試飲では、
ロゼの状態で保管したレゼルヴワインを加える製法が改めて紹介されました。
色調は、一般的なピンクより少し発展した、オレンジがかったピンク。
二、三年ほど熟成が進んだような印象を与えます。
香りや味わいにも落ち着きと丸みがあり、
酸は保たれながらも親しみやすい。
独自の製法があることで、顧客に説明しやすいのも、このロゼの強みだと感じました。
酸が強すぎると合わせにくいオレンジワインとのペアリングにも応用できるのではないか、
という提案もありました。
ロゼ・クリエーションは、以前複数あったロゼ商品を集約した名称だそうです。
スタンダードのように受け取られることもあるものの、
ランソン側としてはプレミアムな一本として位置づけているとのこと。
熟成に伴って色合いやフレーバーが変化し、深みが増していく。
これも面白いポイントでした。
ハーフボトルのまま熟成させる理由
ランソンのハーフボトルは、
ハーフ用の瓶のまま瓶内で熟成させるそうです。
大きなボトルで熟成させた後に小瓶へ移す造り手もある中で、
これはランソンの特徴のひとつ。
理由は二つあります。
ひとつは、
ハーフの状態で進む熟成ならではの丸みや複雑さを楽しんでもらうため。
ハーフボトルは、液量に対して瓶内の空気の割合が大きく、
一般に熟成がやや早く進みます。
逆にマグナムは液量が多いため、熟成がゆっくり進む。
もうひとつは、
少人数でシャンパーニュを楽しむ需要に応えるため。
夫婦二人でフルボトルは多すぎる。
でもグラス一杯では少し物足りない。
そんな時にハーフはちょうどいい。
二人で分ければ、一人あたり約1.5杯ずつになります。
試飲では、
フルボトルに中盤のモダンさとアタックのスパイス感を、
ハーフには熟成のニュアンスと全体のまとまりを感じた、というコメントが出ていました。
現場から出た、ハーフボトルの売り方
ここも面白かったです。
参加者から、現場ならではの提案が次々と出ていました。
ボトルメニューだけでなく、グラスワインと同じページに載せる
「ハーフは出ない」と思われがちだが、実際に提案するとちょうどいいと選ばれることがある
百貨店では価格上昇を背景に、ハーフを贈答用に選ぶ需要がある
ハーフシャンパーニュとチョコレートのセット
正月向けに紅白のロゼと白を組み合わせる贈り方
一方で、
「ハーフ二本でフルボトルより高くなる価格設定では、お得感が損なわれるのでは」
という問題提起もありました。
これに対して生産側からは、
ハーフ用の瓶やラベルの費用がかかり、生産量も少ないため、
単純に割安にするのは難しいという説明がありました。
ただ、ランソン側の回答者の方は、消費者目線の意見に個人的に賛同し、
社内に持ち帰って相談すると話されていました。
価格改定が決まったわけではありませんが、
現場の声が造り手に届く瞬間を見られたのは、このセミナーならではだったと思います。
―ノーブル2005と2012、熟成がもたらすもの―
セミナー終盤は、
プレステージ・キュヴェ 「ノーブル・シャンパーニュ」 の 2005年 と 2012年 の飲み比べ。
2012年は、日本でもかなり早い段階で試飲できる貴重な機会だと紹介されていました。
2005年:熟成期間 204か月
2012年:熟成期間 144か月
ブレンドはどちらも、シャルドネ7割、ピノ・ノワール3割
熟成が長ければ優れている、ではない
ここで印象に残ったのが、
「熟成期間が長いほど、必ず品質が高いわけではない」
という言葉でした。
長期熟成では、香ばしさ、複雑さ、重厚さが強まる。
比較的短い熟成では、フレッシュさが残りやすい。
どちらが優れているかではなく、
好み、季節、料理、飲む場面に応じて選ぶ。
熟成の差は、優劣ではなく個性の差。
これはすごく大事な視点だと思いました。
2005年 ふくよかさと熟成香
2005年は、他のメゾンの同ヴィンテージと比べても酸が穏やかで、
ふくよかさが前に出るという見立てが示されました。
長期熟成によるリッチさ、
澱由来の香り、
そしてノン・マロで保たれた酸の要素が同居している。
ジンジャーブレッド、クリスマスのシナモンケーキ、キノコを思わせる香り。
さらに、複雑さとスパイス、白カビのある甘めのチーズを思わせる奥行きを感じた、という声もありました。
合わせる料理として挙がったのは、
冬の料理
クリームを使った料理
松茸料理
このあたり、かなり想像が膨らみます。
2012年 フレッシュさと複雑さの両立
2012年は、当初こそ天候が不安定で収量も減ったものの、
夏以降の天候に恵まれ、糖度と酸度がともに高い状態で仕込まれたそうです。
ここ20〜30年でも印象的なヴィンテージと評されていました。
フレッシュさと複雑さを併せ持ち、
今でもきれいに楽しめる。
酸はまだ強く、これからの熟成も期待できるという意見が出ていました。
なぜ、ここまで長く寝かせるのか
ノーブルを長く熟成させるのは、
ノン・マロによるフレッシュさを時間をかけて整え、
複雑さと奥行きを形づくるためです。
コーヒーやチョコレートのような熟成香も、その魅力になります。
ただ、もちろん長期熟成は経営上の大きな負担でもあります。
ブドウの原価は高く、製品を20年近く販売できないのは、
キャッシュフローにとって相当に厳しい。
現地で、醸造家が株主から叱責される場面を見た、という逸話も共有されていました。
それでもランソンは、
採算だけではなく、ブランドのDNAを重視して造り続けている。
この話を聞いたあとにグラスへ戻ると、
「204か月」 という数字の重みが、まるで変わって感じられました。
なぜ、シャルドネ主体なのか
質疑では、
他のプレステージ・キュヴェにピノ・ノワール主体のものが多い中で、
なぜノーブルはシャルドネを多く用いるのか、という質問も出ました。
回答では、
他とは異なる設計を目指したこと
ランソンのポートフォリオの中で、既存のヴィンテージ・キュヴェとの差別化を図ったこと
シャルドネのフレッシュさとエレガンスを生かす意図
こうした理由が挙げられていました。
なるほど、単なる比率の話ではなく、
ポートフォリオ全体の設計思想の中でシャルドネ主体になっているわけですね。
―熟成シャンパーニュを、どう提供するか―
グラスという表現
ノーブルのような熟成シャンパーニュは、
冷やしすぎず、熟成香や複雑さを引き出す提供が提案されていました。
細いフルートだけではなく、
ふくらみのあるグラスやブルゴーニュグラスを使う方法もある。
さらに、クープグラスやオールド・バカラなどのアンティークグラスも、
熟成シャンパーニュの物語や雰囲気を伝える選択肢として紹介されていました。
高価なプレステージ・シャンパーニュでは、
グラス選びそのものがソムリエの表現になる。
これはすごく面白いテーマでした。
2005年と2012年、それぞれの出し方
2005年は、
泡のフレッシュさを抑え、ブルゴーニュグラスで、
温度を高めにしてリッチさを前面に出す。
デキャンタージュ後のほうが良かったという経験も共有され、
提供する分だけデキャンタージュする方法も挙がっていました。
2012年は、
まだメイラード由来の要素は現れていないという見立てから、
デキャンタージュせず、約10度の少し冷えた温度で楽しむ。
同じノーブルでも、
ヴィンテージごとに出し方が変わる。
ここにソムリエの仕事の面白さがあります。
短所を消すのではなく、生かす
特徴を均して弱点を消すのではなく、
一見短所に見える要素も長所として生かす。
最終的な目的は、
お客様に喜んでもらうこと。
一般的な作法に縛られすぎず、
グラスやデキャンタージュを試してみる価値がある。
この考え方は、ソムリエとして持ち帰りたい一番の学びの一つでした。
―ソムリエは、生産者の代弁者―

東京ソムリエギルドの活動目的は、
ソムリエの支援に加え、
世界の生産者やワインの魅力が十分に伝わっていない場合に、
プロモーションなどを通じてその伝達を支えることだそうです。
ランソンは日本に長く存在していながら、
その品質や個性が、まだ十分に知られていない。
そう感じたからこそ、ソムリエの視点から多角的に紹介する場として、
今回のセミナーが企画されたとのことでした。
ソムリエは、生産者の代弁者であり、
お客様と生産者をつなぐストーリーテラーである。
この言葉、かなり刺さりました。
参加者がランソンの個性を理解し、
飲食店や販売の現場でその魅力を伝え、
次の一本へとつなげていく。
まさに、そういう場だったと思います。
―今回のランソンを数字で振り返る―
創業:1760年(シャンパーニュで三番目に古いメゾン)
歴史:260年以上、七代続く家族経営
ロゼの生産開始:1830年
王室御用達の紋章授与:1900年、ヴィクトリア女王より(約124年維持)
ウィンブルドン公式パートナー:1977年から
醸造責任者エルベ・ダンタン氏の就任:2013年
スタンダード・キュヴェの供給元:約100クリュ以上(グラン・クリュとプルミエ・クリュが50%以上)
供給元の畑:430ヘクタール(うち自社畑60ヘクタール)
シャンパーニュのクリュ数:300以上(プルミエ・クリュ42、グラン・クリュ17)
ノン・ヴィンテージのノン・マロ比率:75%(マロ実施は最大25%)
ヴィンテージのマロ実施:0%
レゼルヴワイン:古いものは20年以上
圧搾所:4か所
ブラック・クリエーション258:2018年ベース68%、レゼルヴ32%
レゼルヴの内訳:収穫年別約16%、ステンレスのパーペチュアル12%、オーク樽のパーペチュアル4%
ブラック・クリエーション258の熟成:出荷まで6~7年
ノン・ヴィンテージの最低熟成:4年(法定は15か月)
ヴィンテージの熟成:9〜12年以上(法定は3年)
ドザージュ:約25年前の12g/Lから8g/Lへ
ノーブル2005の熟成:204か月
ノーブル2012の熟成:144か月
ノーブルのブレンド:シャルドネ7割、ピノ・ノワール3割
2012年ノーブルの提供温度の目安:約10度
おわりに
「ランソンは酸が強いシャンパーニュ」
セミナーに参加する前、
正直、私の中にも少なからずそんなイメージがありました。
けれど実際には、その酸は意図して守られたものであり、
レゼルヴワインの比率や熟成期間によって、毎年かなり丁寧に調整されている。
酸は個性であって、欠点ではない。
そしてその個性を、長い熟成と柔らかな泡で、
食事に寄り添う形へ整えている。
一本のシャンパーニュの裏には、
260年分の判断の積み重ねがあります。
その物語をお客様に伝えるのが、
私たちソムリエの役割なのだと、改めて感じた一日でした。
こんな学びの場をつくってくださる東京ソムリエギルドには、毎回驚かされます。
普段は元気な私も、ここに来る日はコソッと背筋を伸ばして、
ただただ学ばせていただいています。


